地震

地震後の実家

1日夜、金沢入りしました。

031101kanazawa













次の日は朝7時に金沢を出発。

寒かったけど  ドライブインで

こにゃいなものを  食べちゃったです。(lll゚Д゚)

031102parking














つるの身体は  お砂糖でできています。(;;;´Д`)ゝ

cake

ほんで  実家の方のKHへ行ってから

新しいお家(つるのパパとママんち)が

建てられる様子・土地を

カメラに収めてきました。

行政が建ててくれるお家なのです。

つるのパパとママはお家賃を払って住むことになるのです。

↓  手前の土地は  畑にするそうです。

031102monzen













↑白いコンクリートのところが  家になります。

つるがよく登った懐かしい木が残っています。


081103turukinobori ちょうど

腰掛けるのに

GOOD!

な枝なんですよね。

あそこに座って

ボーっとしたり

お菓子や本を

持っていって

冒険気分?を味わっていました。

ツリーハウス

作れそうですね!

恭平が写した 11月2日の つる


とっても  いいお天気になりましたよぉ~♪

081103turu25


















fish

なんだかんだと

いっぱい出され

二人とも

食べ過ぎて

胃がおかしくなって

帰ってきました。

1か月分を3日で食べた感じです。

「ううう・・・もう何も食べたくない!」恭平

「ううう・・・右に同じ。」つる

体重は当分計れませんーーー!

アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!

|

また大地震が起きました。

ニュースを見たら新潟と長野で大地震が発生していました。

あ・・・パニック発作が出そう!

|

疲れた・・・。

Fathersroom 能登半島地震後はじめて実家へ足を踏み入れました。

父の部屋はまだこんなでした。

Kitchin 台所。

片付けようが無い・・・。(2007年5月5日現在。)

|

父母の避難生活。

母が地震で傾いた家を見に帰ろうとすると、母の友達が喜んで車を出して母と荷物を運んでくれています。必要なものを持ってきてくれたり・・・。母の実家の九州の友達や、各地の友達も、母と連絡が取れないから沢山の手紙を(傾いた家の方に)送ってきています。

「今の住所教えとかないとね。」

「でも、住所教えたりしたら・・・いっぱいお見舞いが送られてくるだろうね。」

つるも衣服・日用品・家具などをネットで買ってはそのまま金沢の住所に送っていますが、両親の避難生活をみているとホント『娘要らず』です。母はいろんな人に良いことを行ってきたので、ちゃんと『撒いたもの(善い種)を刈り取って』いるのです。

人懐っこくていわゆる「いいひと」である母は、今後も落ち込むようなことは無いでしょう・・・それはそれで喜ぶべきことなんですが、思ったほど慰めが必要なくて・・・親の役に立ちたいと思っている子供としては少し寂しいものがありまする。

|

能登半島地震のせいで・・・。

里帰りする家が無くなってしまったのです・・・しくしく(涙)。家が歪んでいて、床中食器やガラスの破片で埋まっていても平気なら泊まりにいけますが・・・。余震が落ち着いたら片付けを手伝いに行こうと思っていますが、まともな道が開通するのが連休くらいになるとニュースで言ってましたから行くだけでも大変です。道も無いのに父と母を救助(迎え)に行った弟はやはり偉いぞ!流石本物のDr.コトー!

「この部屋が銀座にあれば居るだけで1時間10万円は取れる!」と、昔、某大臣が驚いた離れ座敷。ここも かなり痛んでいる そうです・・・。050505_1

050505_2これぞ日本家屋の真髄。お気に入りの部屋だったのに~。

☆☆☆TEARS;UPしました。回っているブルーのお花から入れます。http://homepage3.nifty.com/esther/huremu.html

|

被災後に必要な物。

一瞬のうちに今まで住んでいた家が住めない状態になってしまった。そういう場合何が必要なのでしょうか・・・。飲み物?食べるもの?いいえ、母は何も食べられないくらい精神的なショックを受けたようでした。やはり、最初は『慰めの言葉と励まし』そして安全な居住空間(つぶれる心配が無い)の確保でしょう。その後落ち着いてくるとお腹がすいてくるので消化の良い暖かい食べ物・飲み物があれば良いですよね。その後は足を伸ばしてゆっくり眠れるプライバシーが保てる空間、そしてトイレ。そして気持ちが悪くなったらシャワー。シャワーしたら 清潔な着替え も必要ですね。

その必要を満たしてあげるために・・・これから迎えに行って こっちに連れてこよう!

と、ここまで書いて実家に電話したら「これからK(つるの弟)が迎えに来るからしばらくKのところに行っている。」ということでした。ああ、良かった。弟が行ってくれたんだ。(普通の道が通行止めでかなりあちこち回り道をして向かっているらしいです。)ホッと一安心。透析が必要な病床の親には公民館生活はとても無理ですもの。弟の病院では透析もできるし・・・ああ、良かった。人の治療はしても自分の親を助けないなんて医者として恥ずかしいですからねぇ(頑張れ長男!)。

かくしてつるは毎日200回近く余震が続く震源地に向かうことなく、親の安全は確保できたのでありました。でも、公民館生活を余儀なくされている昔から親しくしていたおばあちゃんたち(つるのことを「よっこちゃん」と呼んでる人たち)のことを思うと・・・ホント悲しくて涙が出てしまいます。

|

地震が怖くて眠れない。

昨日の地震で朝、目がばっちり覚めたんですけど、それから18時間経つのに眠れません。またグラってくるのだけは「かんべんしてー!」って感じです。

恭平も、PCまだやってます。つるは主に地震の情報を集めてるんですが、恭平はPCノベルずっと読んでるみたいです・・・。

ネット上の能登半島沖地震の被害写真を見てると実家の近所ばかりが写ってて、けっこう知ってる人がいます。やっぱりつるの実家のある町が一番被害が大きかったのかもしれません。「輪島市街よりこっちの方がもっとひどいよ!家がまとめて何件もつぶれてる!」と母が興奮して言っておりました。

父も母も揺れが来る中、今夜は眠れない夜を送っているのでしょうね。身体大丈夫かなぁ・・・。

|

能登半島地震;つるの実家はM6.9。

地震があったので久しぶりにTVをつけると・・・なんと実家のほう(実家は輪島七尾の間に位置する穴水の近く)が地震の中心だと言っている。ひぇ~!!!これは大変ではないかぁ!と実家に電話するもかからない。117にかけても連絡が取れない。ひょっとすると家ごとつぶれてるのでは・・・でも連絡が取れないので

仕方なく、そのまま1時30分からのミーティングに行きました。帰宅途中にやっと、携帯から実家につながりました。母は興奮して「震度7なんかじゃない うちは震度9だよ! 」って声をうわずらせて地震の様子をしゃべりまくっていました。古い家ですから体感震度はそれくらいだったかも・・・。タンスとかTV、食器類、レンジ、すべてが飛び回って凶器と化していたそうです。家はもう住むことができないほど歪んでしまったそうです。そんなにひどかったのに父も母も けがが無く無事で 、ホッと一安心しました。お互いに元気であることが確認できて良かったです。母も私たちのことを心配していたので連絡が取れてホント良かった~。

実家までの道路はところどころ陥没したりひび割れてるから、どの道を通れば行けるか・・・今のところ情報が無いので全く解りません。余震とかもおさまって、行けるようになったら、すぐ帰って手助けしたいと思っています。父が透析で通っている病院のそばで借家があればいいんですけど・・・どこもかしこも家々は地震で傾いて・・・借りれるようなところはないかもしれませんが。

水道も止まっているし、ご飯も食べられないそうで、さっきM5.1くらいの余震があり、怖いのでつるの父と母は落ち着くまで公民館で寝るそうです。

能登地震関連の画像;この写真(NIKKEI NET)で一目瞭然!・・・OH!NO!つるは実家への道を破壊されております。http://www.nikkei.co.jp/topic3/photo/g28/

|

その他のカテゴリー

ADHD | お仕事 | つる姫 | コミック | ダイエット | ブログ | 地震 | 料理 | 漫画 | 高専